“幸せ”について考えるきっかけ作り〈授業へのSDGs関連実習の取り入れ〉

1 温室の中の幸せと不幸
ガチャン! 
鉄格子の向こうにあるのは商品。
その店がある一帯には
絶対に近寄っては行けないと
当時厳重に注意されていた。

もし万が一、
その場所に
車で迷い込んでしまったら
”絶対に車から出てはいけない!” 
「命の保証は出来ない」
そう釘を刺された地区の
スーパーの風景だ。

そこで中学生位の男の子が
買い物をしている光景が
テレビで流れた時
ものすごく驚いた事を覚えている。

今思うと当たり前の事だけど
こんな殺伐した場所で育つ
子供もいるという事実が
ショックだった。

数十年前、カリフォルニアに
駐在員の妻として住み始めた時、
牛乳パックに
沢山の子供達の写真が
載っている事が不思議だった。

英語を読んで
愕然としたのは
行方不明になった
子供達の写真だった事。

海外は
日本のような治安の良さを
期待する事は出来ないと
頭では分かっていたけど
やはり衝撃だった。

当時、日本は一億総中流社会と
言われていて
アメリカのような格差は
見られなかったように
思う。

アメリカで
子供達の育つ場所での生活環境の
あまりの違いに驚き、
中流や裕福な家庭で育ったとしても
誘拐などのリスクがある事を知った。

さらに、当時では
めずらしかった東洋人の赤ちゃんは
黒い髪の色と目の色で
高く売れるから
出産したら気を付けろとも
言われた事を思い出す。

アメリカは個人主義の国。
自己主張をしないと
ある意味、
存在を無視される所があった。

子供達は幼い頃から
自分の意見をはっきり
主張する事を求められ、
夕飯の後は家族内で
ディベートをする事も
あると聞いた。

アメリカで長男を生んだものの、
息子が8か月の時に
帰国した私には
海外での子育て経験はないけれど
他の駐在員の奥さんや子供達から
現地の様子は聞いて知っていた。
出来る事なら
もう少し子供を現地で
育ててみたかった。

帰国後、しばらくたって
非常勤講師として学校現場に復帰し
初めて中学生の教室に入った時の
ショックは今でも忘れられない。

家庭科の免許は持っていたが、
高校での授業経験しかなかった私は
その幼さに驚いた。
そして、中学生の授業を
続けるうちに
分からなくなっていく。
「この子達は幸せなのだろうか?」と。

授業や実習や休み時間に
垣間見る生徒達の素顔や
ふともらす言葉から
見える疲れや苛立ちを
どう表現したらいいだろう?

それは思春期特有のモノ?
私学でしか教えた事がないから
中学受験で入学して来て
中学でも勉強に
追われて大変だから?

貧困や人種差別などの
格差の激しい国と比べたら
段違いに平和で幸せな生活を
送れる日本。
家事を無理に手伝わされる事も
すくなく、
温室のような環境で
甘やかされているようにも見える
中学生は幸せなの?不幸なの?

ひょっとしたら、
生徒達は
日本の事しか知らないから
狭い範囲での情報しか
入って来ないから
自分達がどれだけ恵まれているのか
分かってないのかもしれない!

世界の同世代の子供達の
大変な状況を知れば
生徒達の中の何かが
変わるかもしれない!
そう思い至った。

では「何をテーマにしたらいい?」
そう思いながら教科書をめくった時に
目についたのがカカオ農園で働く
子供達の写真。
”児童労働”これで行こう!
そこから様々な取り組みと葛藤が
始まった。

2 未知の世界への扉
まず、やってみたのはグループワーク。
児童労働についての世界の状況を
簡単に説明してから各班で調べた事を
まとめて発表する形式とした。

消費生活分野ではあるけど、
どうもピンと来てない感じ。
そうだよね、遠い世界のお話。
自分事のように
とらえられるはずがない。

でも当時の私は肩ひじ張ってた。
やり方を変えたら何とかなると
思い込んだ。
教科書的な知識だけではダメだと
次にお願いしたのはプロの方に
お話をしていただいてから
グループワークに入る方法。

知り合いの方のつてで
JICAという組織で
児童労働関連の
仕事をしていた人の話を伺う。

その時に、
講師の人から教えていただいた組織が
”国境なきこどもたち”。
その友情レポーターとして選ばれて
自分達と同年代の日本の子が
貧困国の現状を
取材している様子の動画は
生徒達の心を打ったようだった。

その時のレポーターのおひとりが
今、サンデーモーニングで
コメンテーターをなさっている
安田奈津紀さん。
あの時の経験が人生を変えたのだと
感性が鋭い思春期に
海外を体験する事の大切さを実感した。

では、その時のグループワークは
どうだったか…。
少し問題意識も深まった様子だったが
劇的な変化は見られなかった。

その頃に
知ったのがACEという組織の
児童労働シュミレーションカードゲーム。
講師先の中学の1クラスの数は50人弱。
カードゲームがギリギリ使える人数。

このゲームは
自分が児童労働をする子供となり
カードを引く事でいろいろな
出会いや運命を体験するモノ。

貧しさのあまり畑の作物を盗み
警察に連れていかれる事も
裕福で面倒見のいい人に出会い
資金援助を受けて
学校に行ける場合など様々。
引いたカードによっては
”死亡”となりゲームが終わってしまう。

思い切ってやってみようと
広い部屋を使って工夫してみた。
ところが中学生は
こちらの想像をはるかに上回った。
とんでもないスピードで
カードを引きまくり
死が出て終わる速さ比べが
始まってしまった。
これには参った。
肝心の目的が果たせない。
このゲームはお蔵入りとなった。

ただ、ゲームに入る前
このゲームを提供している
フリーザチルドレンという組織の設立
についての話は興味を持ってくれた
生徒もいたようだった。

この組織はクレイグという子が
中学の時に体験した事をきっかけに
設立されている。
自分達と同年代の子の行動力は
彼らにとっては
刺激になったようだった。

こういう取り組みを通じて
少しでも生徒達が
未知の世界への扉を
開いてくれればと願うけれど
特に進学校では
それは難しいのが現状だ。

4 今の取り組み
では今はどんな事をしているか?

消費生活からは少し離れて
衣生活での探究学習に一部
児童労働を取り入れているのが現状。

”児童”にこだわらず、
世界的な視野での
労働問題を考える時、
自分達が身近に使うもので
導入にはぴったりなのが服。

とても残酷で
悲しい出来事だったが
バングラデシュの
ラナプラザで起こった
縫製工場の倒壊事故が
映画化されたのが
きっかけとなった。

服をめぐる様々な問題は
いろいろな事を問いかけてくる。
映像で実際に起きた事を
視聴してもらった後に
自分達でテーマを見つけて
探求学習に入っていく。

これは個人での作業。
その過程で課題を見つけ
出来れば自分で考えた対策も
まとめられれば素晴らしい!

学習の成果は
小さなグループに分かれて
プレゼンテーションをする。
決まった時間で自作の資料で
どれだけ分かりやすく
他のメンバーに伝えられるか?

この探究学習は図書館で行うので
司書の先生方には本当に
お世話になり感謝している。
基本的にスマホは禁止なので
本や資料からの深堀りとなるため
相当の本が必要になる。

ただ、これは個人差が激しい。
興味を持てれば
こちらが驚くような内容の
資料と発表が出てくる。
だけど関心を持てなければ
指導の仕方も考える必要がある。

5 ロールプレイの体験
他に何か生徒達が
体験できるような事はないかと
考えていた時に
コープ自然派のチラシで見つけたのが
児童労働の生活体験をシナリオを使った
ロールプレイで行うというイベント。

さっそく、申し込み
シャプラニールという団体の方の
お話を伺い
オンラインで体験させていただいた。
これはすごく貴重な経験だった。

まずは少女が移った2枚の写真から
少女の生活や立場を推測する。
実は両方、
家事使用人として働いている写真だが
一枚の写真は家族で団らんとも見える程
そこに映る少女は幼い。

その後、グループに分かれて
役割を割り当てられる。
シナリオはあらかじめ自宅に郵送される。
シナリオの中に
これから家事使用人として
働きに出される少女の気持ちと
父と母のそれぞれの想い、
働きに出る予定の雇用側の女主人や
働き口を紹介した仲介人、また
村の学校の校長先生など
いろいろな人の視点から
家事使用人として働きに出る事に
ついての考えが語られる。

それを目で追うだけでなく
肉声で聞けるだけでも
想像しやすく考えさせられた。
ずばりテーマは”少女の幸せ”。

一体どうする事が少女にとっては
幸せなのか…。
困窮生活でも村に残り
学校にも行けず
幼い兄弟の面倒を見る事?

雇い主が言う学校に
通わせてもいいという話を信じて
村から遠く離れたダッカで
家事使用人として
家の中で一日中重労働に
従事する事?

その子の年代は10歳。
幅を持たせれば中学生位だ。

少し救いがあるとすれば
シャプラニールとう団体などが
ボランティアで提供している
プログラム。
一日数時間だけでも
その団体が開く教室で
読み書きを習い
一緒に遊び
子供らしい時間を取り戻そうと
いうものだ…。
この課題については
TOC理論を使って考えさせてみても
面白いと思うけれど
まずはこういう世界もあるという事を
知る事が大切かもしれない。

6 子供にとっての幸せ
バングラデシュの子供達の例と
比べても日本の子達は
はるかに幸せと思えるのに
実際はどうだろう?

1人1人が本当に感じた事を
正確に知る事は出来ない。
でも、生徒達が広い視野を持ち
自分の置かれている状況を
知りながら
未来を考えるきっかけと
なってくれればと思う。

そして
自分にとっての
幸せの価値観を考えるきっかけと
なってもらえればと
どれほどうれしいか分からない。

実は今、これほど
オンラインが進む中で
何かの形で
オンラインでも
疑似体験が可能な
プログラムが出来ないかを
考えてみようと思っている。
ホームラーニングを
している学生さん達に
何かの学びの
きっかけにしてもらえればと
思います。
〈終わり〉

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