中学受験のなれの果て その先に見えたものは

(2018.7.15記事)

雨上がりの夕方、職場からの帰り道。消防署の前を通る時、いつも思い出す光景がある。

その時、私は走っていた。携帯を握りしめ、必死だった。何度、電話をしても出ない息子の事が心配でたまらなかったから……。

 

 「布村さんの所は、受験させるの?」この一言から息子と私の中学受験は始まった。九州の山奥で育ち、ずっと公立の学校だった私には、中学受験は無縁のものだったのに……。

 

 「この辺りの子は、たいてい受験して私立に行くよ」もうすぐ小4。尼崎という土地柄、公立の中学に進ませるのは迷いがあった。入塾テストだけ受けさせればいいか。結果を見て、考えよう。私は何の覚悟もないまま、軽い気持ちで申し込みをした。それが、この後、あれほど、息子を苦しめる事になるなんて、その時は想像もしていなかった……。

 

 乗り気でない息子を説き伏せ、塾に入れ、受験をさせたのは、今考えると親の見栄だったのかもしれない。一応、私立の中高一貫校に入った息子。私の中で、入学さえさせれば、後は、学校が勉強をみてくれて、希望の大学に進学させてくれるはず。そんな甘えがあった。

 

 しかし、息子の気質と合わない学校生活は、彼にとって苦痛の連続。学期ごとの懇談で、協調性のなさを注意され、私は、いつも針のむしろに座っているような気持ち。それでも、成績は伸び、登校は続けていた。だが、高2の秋、事件は起こった。

 

 同級生にやじられ、かっとなった息子は空手の技を使い、相手の顔面にけりを入れた。本人は直前で止めるつもりだったらしい。でも、相手のメガネが壊れ、顔にけがをさせた。当たり所が悪ければ失明。当然、指導が入る。自宅謹慎が続いていた数日間、息子の様子は、明らかに変だった。

 

 そんな状態でも、仕事を優先させた私。息子から逃げた。仕事が終わり、息子の暗い表情が頭に浮かぶ。電話をかける。つながらない。聞こえてくるのは、呼び出し音だけ。ひょっとして、自殺していたらどうしよう! 動悸が早くなる。不安が体中に広がる。電車に乗っていても、走り出したくなる。生きた心地がしなかった。

 

 帰宅した私を待っていたのは、布団にくるまり寝込んでいる息子の姿。そっと触る。あたたかい。それだけでいい。もう、学校はやめてもいい。この子が、どうしたら幸せになるかそれだけを考えよう。ほっとして、涙が止まらない。その時、私の中で学歴に対する考えが大きく変わった。

 

 3歳下の娘では失敗したくなかった。息子の事で中学受験に慎重になっていた私。「中学、どうする?」何度も話を聞き、自分で決めさせた。中高一貫の6年間は長い。自分の気持ちをあまり表に出さない娘には、自分に合わない学校で苦労して欲しくなかった。

 

 そして、娘も私立に入学。これだけ、気配りをしたのだから、娘の学校生活は順調なはず。勝手に思い込んでいた私。ある日、マンションの自転車置き場で帰宅した娘とばったり会った。「ひょっとして、泣いてる?」一瞬、頬に涙が光っている気がした。滅多なことでは泣かない娘。出かける所で急いでいた私。雨のせいかと思い直した。当時、息子の学校でのトラブルで手一杯だった私は、娘の異変に目をつぶった……。

 

 それから間もなく、娘はクラスメートとの関係がこじれ、不満が爆発。髪を染め、派手な服を着て、遊び回るようになる。学校から呼び出しとお説教。中3だった娘の進路変更を考えた。高校を受け直してはどうか。でも彼女は、自分だけが逃げ出すのは嫌だと、高校進学を選ぶ。

 

結局、二人とも、志望していた大学に入学。でも、就活で苦労し、卒業後、選んだ仕事は、その大学を卒業しなくてもやれた仕事。何のための中学受験だった? その学校に行くのは本当に必要だった?就職までの道のりは本当に正しかった? 今となっては分からない。

 

  中学受験は、登山に似ている。より高い険しい山を目指すのなら、ちゃんとした地図やガイドが必要だった。ただ、大学卒業を山の頂だとするならば、そこまでにたどった道で経験した事は、きっと子供達にとって必要だった。これからの彼らの人生に活かされるに違いない。

 

 皮肉な事に、私の仕事は私立の中高一貫校での非常勤講師。ちょうど、息子が小6の受験の年に始めた仕事。自分自身が働いていたから、私学という選択を過信していたのかもしれない。自分のプライドのために、子供達を中学受験に誘導したのかもしれない。

 

 今、中学受験を考えている人がいるならば、私は聞きたい。「あなたに覚悟は出来ていますか?」子供と一緒に、決して平坦ではない山を登りながら、いろんな風景を見る覚悟が……。

 

どんなルートをたどっても、きっと大丈夫。子供達には人生を切り開く力がある。大人が出来るのは、地図を一緒に見ながら、自分の選んだ道を登っていく彼らを見守っていく事だけ。子供達の可能性を信じ、信頼に足りるガイドになる事で、自信を持って社会に出て行ける子が、きっと増えていくはず。

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